伊達政宗の兜を買いに東京へ行ってきた
先日、息子の五月の節句のために、東京まで兜飾りを買いに行った。
訪れたのは甲冑専門店。店内には色とりどりの兜飾りが所狭しと並んでいた。私が子どもの頃に比べると、ラインナップが驚くほど豊富になっている。
織田信長、武田信玄、上杉謙信……そして青森・八戸の櫛引八幡宮に収められている国宝「赤糸威鎧(菊一文字)」までが再現されていた。戦国武将好きにはたまらない空間だ。
妻の一言で、伊達公に決まった
私はオーソドックスな兜飾りにしようかと考えていた。シンプルで飽きがこない、昔ながらのものがいいと思っていたのだ。
しかし、妻が一言。
「伊達政宗のモデルがいい」
私は宮城・仙台藩ゆかりの地の出身なので、伊達政宗には親しみがある。
でも妻は加賀の生まれだ。なぜ伊達政宗……?と思いつつも、妻の眼差しに迷いはなかった。
こういうときは従うに限る。
かくして、独眼竜・伊達政宗モデルの兜飾りが我が家にやってきた。届いて飾ってみると、これが実にすばらしい。凛々しくて、存在感がある。息子よ、大きくなれ。

実家の兜を見に行ったら、落ち武者がいた
飾りながらふと思い出し、実家に帰って自分が子どもの頃に買ってもらった鎧兜を確認しに行った。
母によると、義経モデルとのこと。
しかし……男三人兄弟でおもちゃにしていたため、兜の鍬形(クワガタ)は折れ、あちこちほつれ、刀は曲がっている。
義経モデルというか、これはもはや……戦に敗れた落ち武者モデルだ。
息子の伊達公の兜と並べたら、勝負にならない。
「息子よ、お父さんの兜を壊したせいで、落ち武者のような人生を歩むことになってしまった。お前はかぶとを大切にするんだぞ」
我が息子の健やかな成長と、輝かしい人生を願いながら、そっと心の中でそう祈った。


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